皆さんこんにちは。
今後、メンタルヘルスカウンセリングのケーススタディを取り上げてゆく。
今回は、グリーフカウンセリングのケーススタディを見ていきたい。
グリーフとは、日本語で「悲嘆」という。悲嘆とは、身近な人との死別・別離をはじめとして、さまざまな愛情や依存の対象を喪失した際に生じる反応のことをいう。特に日本では、身近な人との死別に使われることが多い。
ケースは、次のとおりである。読者の皆さんも考えて欲しい。
「フランス人の45歳の女性で15年前に来日し、日本人の男性と結婚し、そのまま日本に住んでいる。日本語は、なんとか話せる女性である。しかし、残念ながらその夫が一年前にがんで亡くなってしまった。この一年間、夫のいない生活に苦しんでいる。この女性を日本人の友人が心配して、近所のメンタルクリニックに連れていった。そのクリニックは、外国人のクライエントは、初めてである。何度かカウンセリングを重ねているが、そのフランス人女性は立ち直れないでいる。カウンセラーとしてどのように対処したらいいのか?」
複数のカウンセラーや専門家がいる場合には、ケースカンファレンスを設けそこでさまざまな角度からディスカッションし方向性を見出すのもいいだろう。
一考察は、下記の通りである。
このフランス人女性のケースでは、夫を亡くしたことによる深い悲しみと、その喪失感に対応するためのグリーフケアが重要である。また、彼女が日本に住み、日本語も話せるものの、文化的な違いや孤立感も影響している可能性がある。
まず、「ビリーブメントケア(bereavement care)」が有効である。彼女が夫の死をどのように受け止め、悲しみに向き合っているかを探り、感情の表現を促進することが重要である。また、エリザベス・キューブラー=ロスの死の受容段階(否認、怒り、取引、抑うつ、受容)を用い、彼女が現在どの段階にいるかを確認し、そのプロセスを尊重しつつ支援することも有効である。
さらに、異文化での生活が長いため、多文化間カウンセリングの観点も取り入れる必要がある。異文化でのストレスや孤立感が彼女の悲しみを複雑にしている可能性があるため、彼女のフランスの文化的背景を尊重し、安心して話せる環境を提供することが大切である。
例えば、夫がいなくなった後の日本社会における役割やサポートの不足感なども、彼女の心の負担になっているかもしれない。文化的感受性を持って共感的に話を聞くことが、彼女の安心感を引き出す手助けとなるであろう。
最後に、彼女が自己の意味や生きがいを再構築するために、ロゴセラピーを導入し、悲しみの中で新たな意味を見出す支援を提供することも考えられる。
文化的背景を尊重しつつ、深い悲しみへのケアと新しい人生の意味を見つける支援を行うことが、彼女の回復を促す鍵となるであろう。
この女性のケースの場合、多文化間カウンセリングに関してフランスと日本ということになるが、どのような文化の違い、特に死別者に対する支援の観点からどのようにアドバイスをしたらいいのだろうか。
フランスと日本では、死別に対する文化的な反応や支援のあり方にいくつかの重要な違いが見られる。特に、死者との関わり方や、遺族への支援の仕方において文化的な相違が女性の心理に影響を与えているかもしれない。以下に、両国の文化的背景を踏まえたアプローチについて説明する。
- 死に対する文化的態度の違い
- フランスでは、個人主義が強調され、死に対する儀礼や喪に服す期間が個人の選択や感情に基づくことが多い。遺族が個人の感情を表現することが尊重され、感情的な支援も比較的オープンに行われる。家族や友人との交流を通じて、深い感情を話し合うことが促される文化である。
- 日本では、集団主義の影響から、遺族は他人に迷惑をかけないよう感情を抑えることが奨励されることがある。また、死はある意味タブー視されることもあり、感情の表現に対する制約や、遺族に対する支援が公の場で十分に提供されないこともある。日本では、遺族が深い悲しみを共有する場は限られ、社会的に「普通に戻る」ことを促される傾向がある。
- 死別者に対する支援のアプローチ
- フランスでは、死別者に対して周囲が積極的に感情的な支援を提供し、悲しみを分かち合うことが一般的である。死について話すことは避けられず、むしろ死者を偲ぶ時間が大切にされる。また、グリーフケアの専門家やサポートグループが存在し、遺族が感情を十分に表現できる環境が整っている。
- 日本では、死別の悲しみはプライベートなものであり、表向きはあまり表現しないという文化的な期待がある。また、宗教儀礼(仏教の葬儀や法事など)を通して、死者との関係を続けることが強調されるが、悲しみそのものを表現する機会は限られることが多い。このため、死別後の感情処理や支援が不足していると感じることがあるかもしれない。
- 多文化間カウンセリングの視点からのアプローチ
彼女が直面している困難は、フランス的な感情表現の自由さと、日本での感情抑制や社会的期待の間でのギャップに関連している可能性がある。このギャップを埋めるために、以下のアプローチが有効である。
- 感情表現の促進: 日本では感情を抑える傾向があるため、カウンセリングでは彼女が安心して悲しみを表現できる空間を提供することが重要である。彼女がフランス文化に根ざした感情表現を安心して行えるよう、自由に話せる場を作り、感情を抑え込まないようサポートする。
- 文化的な橋渡し: フランスの遺族支援に根ざしたアプローチ(感情を共有すること、サポートグループへの参加など)を、日本的なタブーに配慮しつつ提案することが重要である。たとえば、死者との関係を続けるという日本の文化的側面を尊重しつつも、感情を表現することで心を癒すプロセスを伝えることが彼女にとって効果的である。
- 両文化の良い点を取り入れる: 日本の宗教儀礼に参加し、夫を偲ぶための時間を持ちながらも、フランス流のグリーフケアを取り入れて、感情を表現し支え合う場を提供することが、彼女の心の整理に役立つかもしれない。また、オンラインや国際的な支援グループに参加することで、母国の文化に基づいた共感的なサポートも受けることが考えられる。
- 社会的サポートネットワークの重要性
彼女が日本で感じる孤立感を軽減するために、社会的なつながりを強化することが重要である。フランスでは家族や友人とのサポートネットワークが大切にされており、日本でも彼女が安心して支えを求められるような友人やコミュニティを見つける手助けが必要である。フランス文化のように、遺族が孤立せずに周囲の支援を受け入れることができるようサポートすることが有効である。
まとめ
多文化間カウンセリングにおいては、彼女のフランスと日本の文化的背景を理解し、感情表現や悲しみに向き合うプロセスをどのように進めるかが重要である。フランスでは悲しみの感情を積極的に表現し、日本では感情を抑える傾向がある。カウンセリングでは、彼女の文化に沿った感情表現のサポートを行い、両方の文化の良い点を取り入れたアプローチが効果的である。
以上